閃光のように 第18話


「ということで父上、死んでいただけますか?」

それはそれはいい笑顔でシュナイゼルは言った。
シュナイゼルの後ろには数多くの私兵。
目の前に居るのは玉座に座る皇帝。
謁見の間になだれ込んできた兵士たちに皇帝は眉を寄せた。

「愚かなりシュナイゼル。儂を討ち、お前がこの国を治めるつもりか?」

威厳を込めたその言葉にもシュナイゼルは引くことはなく、相変わらず胡散臭いロイヤルスマイルをその顔に浮かべていた。

「いいえ、間違っていますよ、父上。新たな皇帝となるのは、彼だ」

シュナイゼルが指し示した先には、自らの私兵とともにいるクロヴィス。

「フハハハハハハ!気でも狂ったかシュナイゼル!クロヴィスに王としての力があると!?」
「ええ、何も問題はありませんよ、父上。貴方のように神殺しなどという愚かな考えはありませんので」

それだけでも、十分貴方より王としての資格がある。
シュナイゼルはうっすらと笑いながら、まるで馬鹿にするように言った。
-- 神殺し --
その言葉に皇帝は初めて動揺を示した。

「どこまで知っておる」

シュナイゼルは答えること無く、私兵を動かした。
クロヴィスの私兵も動く。
すでにラウンズは抑え、今ここにいるのは皇帝一人だけ。
拘束するのは簡単だった。
抵抗むなしく玉座から引きずり降ろされ、床に抑えこまれた皇帝に、息子たちは冷たい視線を投げかけた。

「自ら神となるための侵略戦争・・・狂っているのは貴方ですよ父上」

静かな口調で言うクロヴィスを、皇帝は殺気を込めた視線で睨みつけた。

「何を言うか!お前はなにも知らぬから、そんなことを言えるのだクロヴィス!」

我々の計画が、この世界にとってどれほど素晴らしいものなのか。
お前たちはこの世界を救うための道を閉ざすつもりか。
愚か者を見るような目で訴える皇帝を、二人の息子は呆れたように見つめていた。

「すまないなシャルル、全て話した」

その声に視線を向けると、そこにいたのは緑の魔女C.C.。
真剣な声音で話してはいたが、その表情は明らかに笑いをこらえているもので、緊迫した空気が台無しになった。よく見なくても肩が震えており、いつ笑い出すかもわからない状態にシュナイゼルは眉をよせた。C.C.は笑い出したら止まらない。笑いのツボも範囲が広すぎて対処しきれないため、今回の件では手を出さないことになっていたはずだった。

「魔女どの、なにか御用でしょうか?」
「ああ、届け物をな?ぷっ・・・クククククッ!いい格好だなぁシャルル」

C.C.はカツカツと靴音を鳴らしながら大きなキャリーバッグを引っ張って、皇帝の前へと歩みを進めた。その顔は楽しくて楽しくて仕方が無いという笑顔だった。ルルーシュと出会ってからのC.C.が笑い上戸だとは知らない皇帝には、C.C.の笑顔は悪意をこめた嘲笑にしか見えなかった。

「儂を裏切ったか、C.C.!」

憎々しげに睨みつける皇帝の姿に、イラッとしたC.C.は一瞬で笑みを消した。

「ふん、人を騙し裏切り続けたお前に文句をいう資格など無いだろう?私はわたしの幸せのために、新たな契約を結んだだけだよ」

そう言うとキャリーバックを開く。
重力に従い、中に入っていたものが乱暴に床に転げ落ちた。

「っ!!兄さん!」

それは両手足を縛られた子供だった。
猿轡をされ言葉を発することも出来ない子供は、目の前で床に押さえつけられているシャルルを見、目を見開いた。自分だけではなく弟、シャルルまで拘束されたことで、悔しそうにうめき声を上げる。

「シュナイゼル、クロヴィス。シャルルを殺したい気持ちはわかるが、それは黒の女王が許さないだろう。幽閉で我慢しておけ」

今後の事を考えれば処刑したほうが安全だ。
生きていると知れば、シャルルを開放するために行動を起こすものも出てくるだろう。
だが、ルルーシュはそれを望まない。
二人は予想していたのだろう、やれやれと言いたげに首を振った。

「しかたがないね。我らが王の望みならば叶えねばなるまい」
「では、このV.V.という叔父と共に幽閉する手配をしましょう」

我らが主は我儘で困る。
苦笑しながら二人の皇子は指示を出した。

「女王だと?いったい、誰のことだ」

押さえつけられているというのに、未だ威圧するような気配を放つシャルルは重低音で尋ねた。

「ああ、丁度来たようだな。我らの王が」

C.C.の言葉に促され、全員が扉へ視線を向けた。
そこには長く美しい飴色の髪を持つ、女性が立っていた。
傾国の美女という言葉がふさわしいその人物は、透き通るほど白い肌をほんのり赤く染め、口元を引き結び、凛とした表情で近づいてきた。純白の皇族服に身を包む女性の瞳の色は深い翡翠色だった。
その美しさに、皇帝は言葉を無くし見入っていた。いや、皇帝だけではない。息を呑む美しさに、シュナイゼルとクロヴィス、そして周りにいた兵士たちも皆女性に目を奪われていた。
ただ一人、笑いを必死にこらえている魔女を除いて。
その女性は、ギアスで性別を変えたルルーシュだった。
ナナリー色の髪と、スザク色の瞳で変装し、白い衣装を身につけているのだ。
髪の色と瞳の色に関しては一悶着あり、ルルーシュの知らないところで何やら賭け事が行われ、優勝したスザクが瞳の色を、準優勝のナナリーが髪の色を決めた。
当然、自分と同じ色をルルーシュに。
ルルーシュが、お兄様が、自分の色に染まったと二人は喜び、敗者はそれらの色を身に纏ったルルーシュを見て、酷く悲しい思いをしたり、イメチェンした姿もいいと喜んだりしたとか。
身につけている皇族服は当然クロヴィスデザイン。
ただし、「お兄さまのお肌が戦闘で傷ついたりしたら困ります」というナナリーの言葉に従い、肌の露出は殆ど無い。だが、女性だということを主張する作りではあった。
こんな姿でこの男と対峙することになるとは。
しかも、自分たちが生きていることを悟らせないためとはいえ女装した状態でだ。
ルルーシュは複雑な心境で父親を見下ろしていた。
まあいい。
さっさと終わらせよう。
そしてさっさと忘れよう。
そう思い口を開こうとした時だ。

「ぶるわぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

皇帝がものすごい力で、自分を押せつけていた私兵を吹き飛ばし、立ち上がった。
その形相はまさに鬼。
突然の緊急事態にルルーシュの思考はフリーズし、C.C.は笑いを引っ込めルルーシュの前に立ち壁となった。
シュナイゼルとクロヴィスは即座に銃を構え、何時でも撃てるよう兵にも命じる。
人を視線で射殺しそうなほど、険しい表情でじろりと見つめ続けていたシャルルは、威厳たっぷりにこういった。

「そこの女、儂の妻となれ!」

キュイーンとその瞳が赤く光る。
だが、C.C.がいる以上ギアス対策は万全だった。
皇帝の持つ記憶改竄のギアスは脅威でしか無い。だからギアスがが効かないように、全員が専用のコンタクトレンズ、あるいはサングラスをつけているのだ。
皇帝のギアスは不発となり、辺りはしんと静まり返った。
そして。

「ぷぷぷ・・・くっくはははははははははは!!」

笑いがこらえきれなかったC.C.の笑い声があたりに響き渡る。
笑い上戸の魔女が満足するまでの間、この場所のBGMは彼女の笑い声だ。
すでに慣れきったブリタニア兄弟は、平然とその声を聞き流し、皇帝を睨みつけた。

「馬鹿なことを。この状態に混乱し血迷ったか」

魔女の馬鹿笑いでフリーズが溶けたルルーシュは唾棄するように言った。
ギアスが効かなかった以上、目を赤く血走らせたおっさんが、銃口を向けられていることも忘れたのか、敵に対してプロポーズをしたようにしか見えないのだ。
まさかその瞳を通してギアスを行使し、自分たちを操ろうとしたなど誰も考えていない。
ルルーシュのギアスは自分の体が変化するもの。
絶対遵守の力ではない。
間違っても目から文様が飛び立ち、相手の脳内を書き換えるという能力ではない。
だから光が云々、大脳が云々という分析もしていない。
C.C.に言われ目を守ってはいるが、どう言う原理で記憶が改ざんされるのかは誰も解っていなかった。
目に力を込め、言葉を発するだけで記憶を操作できるなんてC.C.以外知らない。
呆れたような顔で全員が皇帝を見つめる姿に、魔女はますます肩を振るわせた。
ぶははははは、くはははははと魔女の笑いがあたりに響く。

「なぜ儂のギアスが効かぬ!女よ、儂の109人目の妻となるのだ!」

キュイーンと再びギアスが発動する。
だが全員がレジスト装備着用のため意味は無い。
やはり目を血走らせたおっさんが(以下略)

「アハハハハハハハ!シャルル、気づかないのか?私がこちらにいる以上、お前の対策などしているに決まっているだろう?それなのに、『儂の109番目の妻となるのだ!』だと!?クハハハハハハハ」

身振り手振りも含め、皇帝の真似をしながらC.C.は笑い転げた。
死ぬ、笑い死ぬ、腹筋が持たないと言いながら大笑い。
そんな姿を皇帝は忌々しげに睨みつけた。

「フン、108人も妻がいながら、見知らぬ女を口説くか。最低な男だな」

ルルーシュは冷えきった表情でシャルルを見つめ言い捨てた。
殺意も込めた声は、完全に男の声なのだが誰も突っ込みは入れなかった。

「何が気に入らない。お前が望むのであれば、108人の妻とは別れよう」

真剣な表情で皇帝は断言した。
その言葉に、ブリタニア兄弟、私兵共に眼を丸くした。
108人の皇妃を、この美女のために捨てると言い切ったのだ。
一国の皇を惑わすとは、まさに傾国。

「ククックああ、なるほどなぁ。お前の趣味のど真ん中はマリアンヌだったな?髪や目の色は違えど、そいつはマリアンヌにどこか似ている。ということは」

シャルルの好みど真ん中ということだ。
腹を抱えて笑いながら、C.C.は断言した。
瞬間青ざめるルルーシュ。

「マイ・スゥィート・ハニー!さあ、共にくるがいい!夫婦の契りを交わすのだ」

取り押さえようとする私兵をなぎ倒し、ズシンズシンという音を響かせ、皇帝はルルーシュの元へ歩みを進めたのだが。

「駄犬!お兄様を守りなさい!」
「駄犬って・・・酷いよナナリー」
「お返事は!?」
「イエス・ユアハイネス!」

その声とともに飛んできたのは当然スザク。
くるくると回転しながらの強力なケリで、皇帝は壁まですっ飛んでいき、今度は逃げられないようにと、兵士たちは気絶した皇帝を手早く鎖で縛り上げた。
スザクはそちらへ視線を向けず、ルルーシュへと駆け寄った。

「うわ、綺麗!すっごく似合ってるよ!・・・じゃない、大丈夫だった!?」

スザクはさり気なくルルーシュの手を握りながらそう尋ねた。
白、良いね白は!花嫁衣装みたいだと、スザクは大はしゃぎ。

「え?ああ、有難うスザク」

さすがスザク!あの皇帝を一撃で!
なんてカッコイイんだ!流石ナナリーの騎士!
そんなことを考えながらルルーシュは花も綻ぶような笑みを浮かべた。
気を失った皇帝は私兵が奥の部屋へと連行した。
このあと女王を守る妹姫と、その兄達の手で生き恥をさらすことになる。その姿を想像し、笑いながらも、C.C.はスザクが握るルルーシュの手をさっさと回収した。
邪魔しないでよねと視線で訴えてくる男の存在は無視し、ナナリーを見る。

「ククク、お前は参加を禁止されてたんじゃなかったのか、ナナリー」
「はっ!そうだナナリー!しまった!あの男にナナリーの存在がバレた!」

せっかくここまで変装し、俺達が生きていることを隠したというのに!

「いやそれは大丈夫だろうね。父上の視界には君しか入っていなかったようだよ」

不愉快だと言わんばかりの黒い笑みを乗せたシュナイゼルが答えた。
その顔から、皇帝がどれほどの責め苦を与えられるのか想像は容易い。

「なんにせよ、これで父上の時代は終わった。クロヴィスが新たな皇帝だよ」

その言葉通り翌日にはクーデターが発表され、クロヴィスはシュナイゼルの後押しもあり99代皇帝として名乗りを上げた。
皇帝が侵略戦争を行った理由・・・神を殺し、新たな神となることだという夢物語を、ある程度の修正も加えて発表し、侵略戦争の終了と、今後は平和路線で国を発展させるという宣言が行われた。
その数日後テレビ画面に映しだされた先帝は、その頭からあのロールな髪が全て刈り取られ、その額に馬鹿とマジックで書かれ、ピチピチな女性物のフリルたっぷりな衣類を身につけていた。
自分の血を分けた子供に109番目の妻となれと迫り、寝所に連れて行こうとした事も暴露され、そんなに女性が好きならば女装すればいいとう流れでこうなったと、かなりお座なりな説明がされ、 神を殺したいのでしたら、まずはご自分の髪を毛根ごと殺したらどうですか。(ナナリー談)という理由で、頭部を永久脱毛した。
唯の性欲魔神で、戦争の理由もバカバカしい物だったことから、人々はシャルル皇帝を完全否定し、クロヴィスは国民に歓迎された。

これで世界はナナリーが望んだように平和となるだろう。
ルルーシュはニュースを見ながら満足気に頷いた。
今後の政策もあらかた決まり、まずは貴族制度の廃止を執り行うことになっている。
皇族もそんなにいらないし、何より108人の元皇妃は金食い虫で邪魔だと、そのあたりも今後調整される。
気になるといえば、何故か政策の中に同性、そして血縁者との結婚を認める法律をつくろうとしていたことか。
誰が入れたんだこんなもの。
まさか兄上達はナナリーを狙っているのか?
フハハハハ、甘いな兄上!
すでにナナリーにはスザクという最高の男が傍にいるのだ!
兄上達の入り込む余地など無い!

「楽しそうだなルルーシュ」
「まあ、それなりにな?」

ニヤニヤと笑みを浮かべながらピザを頬張る魔女に、視線を向けること無く答えた。

「だが、いいのかルルーシュ?」

ルルーシュはあのクーデター後、誰にも何も言わずにC.C.だけを連れて姿を消した。
ナナリーにも言わずに、だ。

「全て順調だ。兄上達がトップにいる以上ナナリーの身は安全。傍にはユフィから取り戻したスザクもいる。何よりあのゴミを閉じ込めたのだから最高の結末じゃないか」

リモコンを操作しニュースを消すと、ルルーシュは寂しそうに微笑んだ。

「何よりもう眼が見えるんだ。足の方も、兄上達が最高の医者に見せてくれるという」

ならばあの子を縛り付けてしまう俺は、離れるべきだ。
ナナリーから離れてまだ数日。
表面的には楽しそうにしてはいるが、ナナリーの話をすると、とたんに寂しく、悲しそうな顔をするので、C.C.は嘆息した。

「こんなに早くに妹から離れる必要など無いだろう?もう少し気持ちの整理がついてからのほうがいいんじゃないのか?」
「いや、俺はすでに不老不死。人の理りから外れた以上、人の輪から離れるべきだ」

そう、あの時V.V.からコードを奪いとっていたため、すべてを終えてからC.C.の手で一度目の死を迎え、今は不老不死となっていた。
コードはもう皇帝の傍にはない。
神殺しという脅威はこれで完全に消え去ることになる。
ギアスを失いちゃんと男の身体にも戻れた。
もう女になることはない。
そして、愛する者達の姿をメディアを通して垣間見ることが出来る。
それだけで満足だよ、と寂しそうに笑うのだが。

甘い。
甘いぞルルーシュ。

なにせあの知略に長けたシュナイゼルと、体力馬鹿スザクがいるのだ。
その上影の女帝ナナリーまであちら側だ。
C.C.は何時でも逃げ出せるよう荷物を纏めて常に傍らにおいていた。

これは分の悪いかくれんぼ。
必ず、見つかる。
それは決定事項だったから。

だが、それはそれで面白い。
見つかったからといって捕まるつもりなど無い。
この男の知略をフルに活用し、世界各国逃げ続けてやろうじゃないか。
巨大帝国を相手に逃避行だ。
さて、ゲームの始まりは何時になるだろうな?
C.C.は内心ワクワクしながらその時を待った。
そして。

「見つけた!ルルーシュ!!」

扉を蹴破り入ってきたのはスザク。

「ちっ!来たか枢木!」

予想通り最初はお前か!

「な!?スザク!?どうしてここが!?」

中華連邦の、それも辺境だぞ!?

「いいから逃げるぞ、ルルーシュ!」

C.C.は荷物を背負うと笑顔でルルーシュの手を引いた。

「俺から逃げられると思ってるのか、ルルーシュ!」

すかさずスザクが追ってくる。
窓から外に出、そこに用意していた車に乗り込み、発進させる。
たとえ体力馬鹿の枢木でも車には勝てまい。
その上こちらには遺跡という最終手段もある。

「あはははははっ!なかなか楽しい事になりそうだな、ルルーシュ!」
「は!?一体どういうことか説明しろC.C.!」

助手席に転がり込むよう座っていたルルーシュが怒鳴る。
スザクの怒鳴り声が遠のいていくが、どうせすぐ追いついてくるだろう。
ああ楽しい。
やはり人生は楽しむものだよな。

「捕まったら不老不死だとバレるだろうな?そうなったら私達も幽閉されかねないぞ?どうするルルーシュ?」

それこそあいつら全員寿命をまっとうするまで共にいることになるだろうなぁ?
ああ、実験の素材として閉じ込められるかもしれないぞ?

「・・・・っ、チッ!C.C.、全力で逃げるぞ!」

不老不死の自分たちはもうこれ以上関わる訳にはいかない!
何よりC.C.を実験体としていた前科があるクロヴィスもいるのだ。
モルモットなど御免こうむる!

「ああ、付き合ってやるよルルーシュ」

かくれんぼは終わった、次は鬼ごっこだ。
フィールドはこの広い世界。
さあ、ゲームの始まりだ。

17話